「57歳で婚活したらすごかった」世にも奇妙な婚活体験記【石神賢介】
『57歳で婚活したらすごかった』著者・石神賢介のリアル婚活リポート 第1回
■上目遣いの33歳
「今日はもう帰れないなあ」
サナエさんが上目遣いに見つめてくる。青山の婚活パーティーに参加した翌週の土曜、表参道駅近くの和食の店のカウンターで、二人で食事をしていた。サナエさんはパーティーにいた10人の女性参加者のなかで最初に話した巨大な胸の女性だ。
パーティーで彼女は積極的だった。理由はわからない。初対面なのにボディタッチが多く、僕はドキドキした。彼女は33歳。20歳以上若い女性に接近されて、ただただうれしかった。41歳のマリナさんに「クソ老人」とののしられた体験は明らかにトラウマになっていて、33歳からのアプローチは救いだった。巨大な胸にも目がくらんだ。
パーティーの後、会場近くのカフェレストランで、二人で食事をした。彼女はエステティシャンだという。パーティーでは千葉在住と話していたが、実際は宮城県在住だと打ち明けられた。仙台駅からは在来線で1時間近くかかり、さらにバスにも乗るらしい。千葉在住と言ったのは、近いうちに千葉で暮らしたいという願望だった。
なぜ、東京でも神奈川でもなく千葉なのか――。訊ねると、友だちが暮らしていて安心だからだという。1か月に1度はそこに遊びに来ているらしい。この日も友だちの家に泊まるそうだ。相手は迷惑しているのではないかと思ったけれど、もちろんそんなことは言わない。なんだか家出娘と会話をしているようだ。
至近距離で見る彼女は、やはり目はパッチリ、まつ毛は長く、鼻筋はすっきり、口もくっきり、ショートヘアは金色に輝き、スタイルは抜群だ。アメリカの水着ショップの店先に立つマネキン人形がこんなだった。あるいはアメコミのヒロインといったらわかりやすいだろうか。
おおらかな人なのだろう。30分もすると、何度も美容整形をしていることを打ち明けられた。
「目はもう少し整えたいんだよねえ」
そう言って微笑んだ。
翌日からサナエさんは毎日電話をくれた。いつも深夜1時くらいだ。そろそろ眠ろうという時間にスマホが振動する。でるか、眠るか……。迷いながらも、結局いつも対応する。電話にでると、彼女はその日にあったことを一方的に話す。家族は祖母と妹。変則だ。理由はあえて聞かなかった。
3夜目だったか、4夜目だったか、サナエさんは自分の写真を送信してきた。かなりきわどい。ホテルのベッドに横たわっている姿が真横から撮影されている。よく名前を聞く全国チェーンのホテルのパジャマの胸がはだけ、谷間はくっきり、瞳はうっとり。体の肝心なエリアはかろうじて隠されている。自撮りだというが、そうは思えない。カメラと本人の距離は明らかにリーチよりも離れている。男とベッドの上なのだろう。そんな写真を見せられて喜んでいる自分がなんとも残念だ。
■美人局疑惑
次の土曜日、いつもよりはるかに早い、夜8時にサナエさんから電話がかかってきた。
「今、渋谷にいるんだ。ご飯食べようよ」
にぎやかな場所で、大声で話している。ちょっと迷ったけれど、結局渋谷駅近くのカジュアルなレストランで待ち合わせた。
彼女はよりいっそう派手になっていた。オレンジの花が華やかに咲いているワンピースは、夏でもないのにノースリーブ。丈は膝よりはるかに上で、下着が見えそうだ。自慢の胸は上3分の1が見えている。
会話は盛り上がり、アルコールで血色のよくなった彼女が、今日は帰れないと言い出した。宮城の自宅に帰れないことはわかっていたが、千葉の友だちも不在なのだという。
「お泊まりしようよ!」
腕を組み、胸を押し付け、明るく誘ってきた。
僕の理性はかんたんに破綻した。その場で徒歩圏のホテルを当たる。週末、しかも、夜の11時過ぎ。どのホテルも満室だ。そんななか、井の頭線渋谷駅上のホテルに1室、ダブルルームが残っていた。
サナエさんに腕をからめられ、わくわくしながらホテルへ向かう。
しかし、途中でふと思った。
まさか美人局ではないよな――。
一度不安が生まれると、どんどん膨らんでいく。彼女の容姿は〝素人〟とは思えない。
チェックインの手続きの後、トイレへ行き、知り合いの編集者、ワカバヤシさんに連絡をした。彼はかつて10年ほど、エロティック系の男性誌の編集長を務めていた。
「美人局だと思いますか?」
現状を正直に話し、率直な意見を求めた。
ワカバヤシさんはつかの間沈黙し、そして言った。
「その危険はありますね……」
低いトーンだ。
「どうしましょう?」
「念のために1時間後に僕がスマホに電話しますよ。危険な状況だったら、そう言ってください。すぐにフロントに通報します」
ありがたい提案だ。
「感謝します!」
トイレでスマホを握ったまま頭を下げた。